本当の優しさとは~付き合うなら優しい人がいいと思ってた~

こんばんは。

いまいけい子です。

退職宣言をしてからというもの、親が逆に優しいです。

母「けい子は子供と話したり遊ぶのが得意だから保育士なんかもいいかもね。」

など三十路超えした娘に可能性を見出してくれています。

残念ながら保育士になる気は皆無ですが、

その優しさを受け止めて、自分のことを考えてくれる人がいることの幸せを噛みしめています。

さて、私はたま~に、何がやさしさなのか分からなくなります。

それがどういうことか、書いてみようと思います。

今日の昼下がり、図書館に本を返しにてくてく通りを歩いていたのですが、

背後からものすごい勢いで二人組の女性(たぶん親子)に追い抜かされました。

何事かと思ったら、路線バスに乗りたかったようで、既にバスが止まっているバス停に向かって猛ダッシュしていました。

結構いい歳をした2人組だったのですが、かなりの速さで走っていたので、2人の本気をしかと感じました。

しかし僅差でバスは出発してしまいました。

あ~、あとほんのちょっとだったのに。

運転手さん待っててあげりゃいいのになあ。

なんて思ったのですが、

通り過ぎていくそのバスを見ると、中には乗客がいました。

あ、そっか。

時間通りにバスが出発して、時間通りに目的地に着かないと困る人がいるんだ。

運転手さんとしてはこれが正しい選択だわ。

と思い直しました。

このように、運転手さんが2人を待っててくれたらそれは2人にとって優しいかもしれませんが、

既にバスに乗っていて、出発を待っている人にとっては優しくない運転手さんとなります。

これまでにも何度かこういう状況を目にすることがありました。

誰かにとっての「やさしい」は、他の誰かにとっての「やさしくない」とセットになっているのかもしれません。

そう思うと、

付き合う人は「やさしい人」がいいな。

なんてありがちなことを私も思っていましたが、

そのありがちな「やさしい」がなんなのか分からなくなってきました。

少なくとも私は、あの場できちんと出発できるやさしさを持ち合わせているタイプの人間の方が好きだと思いました。

もしかしたら「やさしい」という言葉より別の言葉の方が合うのかもしれません。

なんだろう。

思慮深い?かな。

なんだかつまらなそうな人間だなそれはそれで。

何はともあれ、

私が両親にとっていつまでも心配の種な娘であることは、

彼らがノンストレスで悩まず脳みそを使わないで過ごすよりも、

悩んだり考えたりする機会を増やしていて、

それは、彼らが健康で元気でいることに一役買っているはずです。

だからね、これはこれで、ね。

やさしさであり、親孝行ってことで。ね。

それではまた~

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