友達が欲しかったのは人生に退屈してたから。

こんばんは

いまいけい子です。

今日は会社の忘年会でした。

仲のいい人たちで行くような飲み会ではなく、オフィシャルな忘年会です。

課長の挨拶があるような、あのタイプの飲み会です。

わたしは職場の飲み会はそんなに得意ではなく、楽しむというより、仕事の延長のような気持ちで参加してます。

真っ赤な顔してふざけ合ってる同僚たち。

こういう時に自分は職場で友達がいないなと、以前はよく寂しさを募らせてました。

前の会社でも今も、同僚や同期で友達と呼べるような、リラックスして話せる人がいないことに悩んでました。

職場に友達が欲しいと思ってました。

でもどうしてもそういう関係が築けず、悩んでいました。

ところが、ここ数年は何も思わなくなりました。

友達が欲しいなんて全く思わない。

自分で仕事とは全く関係ない団体やコミュニティに属したり、

自分がやりたいことに対して、自分主導で行動するようになってから、

知り合いは圧倒的に増え、その人達と同じ目的を持って共に行動することで結果的に友達も増えました。

そんな毎日を送っていると友達が欲しいなんて思わなくなりました。

それはよそで友達ができたからではないと思います。

新しくできた友達だって徐々に会わなくなるし、そのことを悲しいというよりも自然なことだと思っています。

目的なくお喋りのために他人とご飯に行ったり飲みに行ったり、そういう時間をもったいないと思います。

その相手のことが好きだったり、その人と過ごすこと自体に価値がある場合はただの飲み会もご飯も有意義です。

ただ同じ職場、同じ仕事、入社の時期が同じだけでなんとなくつるんでなんとなく飲みに行ったりご飯を食べたり、

むしろそういう関係だけの友達はいらないと思うようになりました。

つまり、職場で友達が欲しいと思ってた時、私は暇だったんだと思います。

毎日に退屈して、面白いこともなく、

仕事にも夢中にならず、一生懸命でもない。

だから一緒に仕事をする人と親しくならなかった。

私は仕事を辞めるという決断をしたけど、仕事に夢中になって一生懸命にやるという選択肢ももちろんあって。

どちらが正解とかではなく、どちらでもよくて、それで私は辞めることを選びました。

友達が欲しいと思ってた時、誰かと飲みに行ったり、ご飯に行ったり、そういうことでこの退屈を誤魔化したかったんだと思います。

以前より人と関わることは増えたけど、私は今の方が孤独です。

孤独というのは悪い意味ではなく、

自分を救えるのは自分しかいないって気付いたから、人間は孤独だと思うのです。

それは悲しいことではないと思ってます。

困り事や悩み事は

誰かに愚痴って共感してもらって、一緒にお酒飲んでも意味がなくて、

最終的に自分で決断して、選んで、行動して自分でどうにかするしかない。

とても孤独なんだけど、

誰か他人にすがるように生きてた頃よりもずっと心強くいられます。

思えばこの職場での最後の忘年会でした。

来年の今頃はどんな忘年会に出てるのかな。

来年の私は今よりさらに別人になってるといいと思う。

明日の私は今日の私とは違う、そんな毎日にしたいし、死ぬまでそうやって生きていけたら幸せだなと思います。

それではまた〜

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