クリスマスに寂しいと思うようになったのはいつからだろう。

メリークリスマス

いまいけい子です。

クリスマス本番ですね。

朝起きてプレゼントを開けるあのワクワクする感じ、また味わいたい今日この頃です。

私はサンタは存在しないということに早々に気付いた方です。

私の両親も特にサンタに対して夢を抱かせることもせず。

私はサンタクロースよりも、

朝目覚めると枕元にプレゼントが置かれてる、あのシステムに魅力を感じていました。

クリスマスイブは、

「私がちゃんと眠り切ってからプレゼントを置いてね。」

と、両親に依頼して眠りにつきました。

気付かないうちに置かれたプレゼントはとっても魅力的でした。

伝わりますか?

朝目覚めると、知らないうちに素敵なラッピングのプレゼントが枕元に置かれている、あの感動。

プレゼントはだいたい、私が欲しがってたものプラスαで、プラスαの部分は親のチョイスでした。

確か小学校3年生の時だったでしょうか。

プレゼントは電子手帳(小学生の頃流行ったんです。占いできるやつ)と、

漢字辞典とオカリナでした。

漢字辞典とオカリナは母親チョイス。

教育熱心さがうかがえるチョイスです。

勉強と芸術ですね。

でも子どもって凄いんです。

オカリナってなんだよ!

とならず、

素直にしばらくオカリナにハマりました。

バラが咲いたバラが咲いた真っ赤なバラが
寂しかった僕の部屋が明るくなった

ってあの歌。タイトル分からないけど。

オカリナに小さい楽譜が付いていて、それがこの曲でした。

オカリナ吹かなかったらこの曲知らなかっただろうし、

まれにCMやテレビでこの曲が流れた時はオカリナの思い出が呼び起こされます。

オカリナは兄と一緒に吹いてました。

※兄にもオカリナがプレゼントされていた。

兄は結構吹く力が強く、かなりパンクなオカリナになって親にうるさがられていました。

2人してオカリナを吹く兄妹は、想像するとちょっと笑えます。

ちなみに私たち兄妹のオカリナブームが去った後、オカリナは父親の手に渡り父親が吹いていました。

楽しかったなー

この『枕元にプレゼントを置く』システムが非常に気に入っていて、何度か誕生日にも枕元にプレゼントを置いてもらってました。

誕生日もクリスマスもひとえにウキウキするものだったのに、

高校生くらいから恋人たちのイベントとしてしか見なくなり、

予定がなかったり、ひとりぼっちのクリスマスは、

より寂しさが際立っていました。

歳を重ねるということは、同じものでもその価値観や見方が変わっていくことなんだなと思いました。

願わくば、自分オリジナルの価値観と、見方ができるといいなと、

そんな風に思ったクリスマス本番でした。

クリスマスってイブが本番なのか、25日なのか、未だによく分からない。

それではまた〜

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