「結婚」も「仕事」も本気になれないのは絶望が足りないから。

こんばんは

いまいけい子です。

9月は一言で言うと

無職史上最高に頭の中がグチャグチャの苦しい月でした(;´д`)

仕事を辞めて半年(時の流れが早いんだよー)。

当初、私は仕事を辞めて一人でお金を稼いで生きるつもりでした。

起業セミナーに通ったりもしましたが、

基本的に停滞した毎日を送っていました。

働いてる当初、仕事や、その中での人間関係に対する反発で

ここに記事を書いて自分の背中を押していましたが、

いざ辞めてからは、そんな負のエネルギーもなくなり、

自分が向かうところも、やりたいことも見失ってしまい、

行動できずにウダウダと過ごす毎日でした。

そうしてついに、

自分は結局そこそこの無難な仕事で無難に会社員をやる人生なんだ。

いい加減それを認めて

就職してしまおうかと思うようになりました。

仕事内容が耐えられるもので、福利厚生もそこそこで、

そしたらヒロシと結婚して、

そうして「普通」に幸せに暮らせばいいじゃないかと。

そんな風に思うようになりました。

そうすると不思議とヒロシとの関係に不安を感じるようになりました。

ラーメンが食べたい私の希望でなく彼の希望(寿司)を優先したこと

彼の言葉の言い回しが乱暴だと思ったり

LINEのやりとりが私の吹き出しで終わること。

そんな些細なことに不安を感じては、

え、それって、私のこと、好きじゃないじゃん(`´)

と、今まで何も気にならなかったのに

不安や不満がたくさん産まれるようになりました。

この不安をなくしたいと、

彼と話し合いをすることにしました。

ただ、私の中で、この不安の感覚は初めてではなくて、

ああ、またこの不安定な感じになったか。

という既視感。

仕事がうまくいかなくて毎日イライラして過ごしていた時期に交際していた

音信普通になった彼との関係。

必死に婚活するも、アレでもないコレでもないと

気に入る男性がいなくて絶望していた頃。

ハッキリと分かるのは、どちらも原因は

そもそも自分の問題だった。ということ。

気に入らない毎日を「いいもの」にしてくれることを

他人に求めていた。

自分の人生の舵取りを放棄して( `ー´)ノポイッ

他の誰かに託して、

自分でコントロールができないから不安や不満が産まれる。

で、

話し合いの場で、

ヒロシに対して

これが困った、イヤだ。(察して)

と、クレームを伝えるうちに、

「あ、こりゃ私の問題だ…」

と気付きました。

私が、今、毎日が、イヤなの。

公務員で働いてるときもイヤで、

だから変わるために辞めたのに、

全然頑張れなかったの、私。

そんな自分にガッカリで残念で悲しい毎日で、

だから、今言った些細な不満のきっかけの出来事は、

健全な状態の私が受けたらなんてことないことで、

だから、問題はそこじゃないんです。

そんな風に気付いてヒロシに暴露して絶望に打ちひしがれていると、

ヒロシから、

けい子ちゃんを見てる限り、

働きたいんだと思うよ。

でもまた就職するっていうのはさ、

たぶん、今までと同じことの繰り返しになると思うんだよね。

やっぱ、そろそろ選択しないといけないと思うよ。

今まで同じ問題が巡りめぐって残ったままなら、

そろそろ決めないといけないんじゃないの。

今、何もできなくて辛くて、だから就職するっていうのは

たぶん選択してることにならないと思うよ。

覚悟して思い切りやってみるしかないんじゃないの。

彼からそっち側に背中を押されるとは思わなかったので驚いたのと同時に、

選択して、決めて、行動する。

それから逃げることはできないと、自分自身分かっているつもりでいたけど、

本当は分かっていなかったんだと思います。

起業するとか好きなことを仕事にするなんて

うまくいかなさそうだから(無難に)就職する。

という選択は、今までも繰り返ししてきたことで、

でも私はその選択にすら覚悟がなくて、

気に入らないまま数年後に爆発して退職し、

そうして繰り返し現実から逃げ出してきました。

ずーっとずーっと。今も。

もうね、絶望しかないです。

結婚に逃げたところでこの状態の私だと

ヒロシとの関係を壊してしまうから。

ああ、もう、もういい加減、やるしかないんだ、自分で。

その道しか残ってない。

働いていた時、

同僚や上司に対して、

なんでこんな(無意味・つまらない)仕事を平気で何年も続けられるの?

と疑問でしたが、

「自分はここで働いて生きていく」という選択と覚悟をした人達と同じように

私がその場に居られるわけがなかった。

何かから逃げてきてその場にいるのではなく、

彼らはちゃんと選択して、覚悟していました。

本当に私が欲しいものは、

定時に帰れる仕事でも、

結婚・出産に有利な福利厚生でも、

自分の思い通りになる彼氏でもなく、

信頼できる自分だったんです。

死ぬときに何が心残りだろうと考えたら、

たぶん覚悟せず、選択から逃げ続けたことだと思います。

自分を信じたい。

それは

選択して、覚悟を決めて、行動した後でしか得られないことです。

やり切ったその先にしか、

この問題の進展はないんだと分かりました。

私のこのねじれたメンドクサイ感じは

自己肯定感の低さから来るものかもしれないし、

承認欲求が強いのかもしれない。

自分でも嫌になっちゃうけど

謎の渇きをそのままに、

本当に欲しいものから目を背けても、

結局同じ問題に直面します。

シンプルに生きず、わざわざ好んで苦悩しているようにも感じるけれど、

もう、そういう人間にできあがっちゃったから、

無理にシンプルに生きようとしても、

どうせまた煮詰まっちゃうから(;´д`)

とことんそんな自分と向き合って、やっていくしか、

道は無いのだと思いました。

私が選んだ彼と、

私が選んだ今を、

まずはウソでも信じて、

とにかく行動をしていこうと思いました。

今の私にできることは、

しらみつぶしにやっていくことしかできないので、

それを別名迷走と呼びます。

長い道になりそうですが、

その長い過程が人生となるので、

迷走の毎日を楽しんでいこうと思います。

ガハハとね

それではまた~

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