人間は孤独だけど、それでも他人と関わる事は大切なこと。

こんにちは

いまいけい子です。

私は三十路に突入する前まで、

『誰かが私を幸せにしてくれるはず』

と無意識ながら本気で思っていました。

私の仕事のステージを引き上げてくれない上司や、

ノリの悪い友人も、

期待に応えてくれない婚活で知り合った男性達も、

自分が幸せじゃないのは他人のせいだと思っていたんです。

どうして私をイライラさせるようなことをするの。

他人のせいで私はちっとも幸せじゃない。

どこかに私を幸せにしてくれる(まともな)人がいて、

その人と出会うために鬼のように婚活をしていました。

だけど、婚活でつまずくたびにそんな人はどこにもいないんだということを実感して、

何度も何度も絶望しました。

そうしてやっと、

ああ、私か…!

私しか、私のことを幸せにできないんだ。

なんてこった。(知らなかった)

ということに気が付きました。

それと同時に、他人ごときに自分の幸福度を左右されてしまうなんて、

自分のことを他人任せにし過ぎだったと反省しました。

それからは自分で楽しいことを増やしていって、

そうするうちに焦燥感や孤独感が減りました。

苦しくて悔しくて悲しくて腹立たしい思いすらした婚活でしたが、

今の私にとっては、婚活をしなければこんな事にも気づけなかったので、

闇雲に婚活して、そして絶望しまくって良かったなと心から思います。

自分を幸せにできるのは自分だけ。

そんな風に三十路になってからは、ある意味クールに過ごしてきましたが、

じゃあ私が誰か他人を幸せにすることはできるのかな。

大切な人の問題を私が解決することはできないし、

他人の人生に介入することなんてできるのだろうか。

そんな風にも思いました。

そのヒントが、『アバウト・ア・ボーイ』という映画にあったのでご紹介します。

他人を幸せにできなくても側で支えることはできる。

以前から大好きだったこの映画。

無職・(親の)印税暮らし・30代後半の独身貴族ウィル役にヒューグラントが非常にハマり役です。

最初に観たのは10年以上前だったのですが、

独身貴族・無職という今の身分で観るとまた違った視点が持ててとっても面白かったです。

ストーリーとしては、

主人公のウィルは、

鬱病で自殺未遂をした母親を持つ、いじめられっ子の少年マーカスと仲良くなって、

マーカスと関わっていくことで、それまで、

『人と人は繋がれない、人は皆孤島である。』

と考えてきた彼が変わっていく。というお話です。

マーカスは、母親がまた自殺をしてしまうんじゃないかと不安を抱えています。

母親を元気づけて幸せにしたい。

という一心から

パッとしないいじめられっ子であるにも関わらず、

学校の音楽フェスへの出場を立候補し、

母親が好きな(ダサめの)歌をステージで1人で歌おうとします。

ウィルはそんなことをしたら学校中の笑い者になって、

大学まで学校に通うことが出来なくなるとマーカスを止めます。

人は他人を幸せにできない。

お母さんは自分で幸せにならないといけないんだ。

ウィルがそう伝えても

自分の歌で母親を幸せにしたいとマーカスはステージへと進みます。

よく親は子どもに無償の愛を持つなんていいますが、

元・子どもの立場から言わせて貰えば、

完璧に逆だと思います。

子供こそ、無償に親を愛してるし、喜ばせたいと思っている。

あなたの歌声はママを幸せにする。

とか

お友達(いねーし)と学校の音楽フェスに参加したらどう?

と誕生日にマーカスにタンバリンをプレゼントするとか。

もちろん何の気なしに言ってるんでしょうが、

そうしたらお母さんは喜ぶかな?元気になるかな?

と、怖がりながらもステージに向かうマーカスの健気さに泣けてきます。

ウィルは彼を放っておくことができず、

ギターを持って彼と共にステージに立ち、彼の歌に演奏をつけます。

曲が終わってもウィルは歌い続け、学校中の笑い者になったのは、ウィルでした。

私ね、この行為によってマーカスの母親の精神が安定したとか

幸せになったなんてちっとも思わないけど、

マーカスにとってウィルの存在って、救いだと思いました。

問題を解決することはできないけど、

人と人が関わって、こうして支えることはできるよね。と。

マーカスの境遇だけ聞くと、

とんだ暗い話のようだけど、

どのシーンもコミカルに作られてて

とても好みのお話です。

大きな愛とか大恋愛とか、

そんな話ではないんですけど、

大切なことが詰まった映画で、何度観ても大好きな映画です。

それではまた~

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